やめなかった結果、こうなった

やめなかった結果、こうなった日々の断片。

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なぜ私は「一家に一人サラリーマンの安心」を書こうと思ったのか

サラリーマンを辞めた。

当時は、それが正解だと思っていた。

会社に縛られない生き方。

好きなことで生きる。

自分の力で食べていく。

そういう言葉が、やけに眩しく見えた。

実際、書く仕事もあった。

出版もした。

講演もした。

雑誌にも出た。

うまくいっているように見えた。

でも、長くは続かなかった。

仕事は波がある。

収入も波がある。

景気もある。

人との縁もある。

そして、生活は待ってくれない。

家賃。

保険。

税金。

子ども。

病気。

予想外の出費。

会社を辞める前は、「給与」が収入だと思っていた。

でも違った。

辞めて初めて分かった。

サラリーマンには、給料以外のものが大量についていた。

「家庭を支えていたのは、給料だけではなかった」

健康保険。

厚生年金。

有給。

社会的信用。

育休。

傷病手当。

毎月決まって振り込まれる安心。

私は、それを“会社員の特典”くらいに思っていた。

でも、本当は違った。

それは、生活そのものだった。

辞めてから気づいた。

会社員は、単なる働き方ではなかった。

制度だった。

家庭を支える構造だった。

今、世の中は共働きが当たり前になっている。

男性も育児をする。

女性も働く。

それは良いことだと思う。

ただ、その中でずっと気になっていることがある。

家庭は、誰が守るのか。

仕事が忙しい時。

子どもが熱を出した時。

介護が始まった時。

誰かが少し余白を持たないと、家庭は回らない。

私は主夫という立場になって、初めてそれを知った。

家庭には、管理職がいない。

家庭には、評価制度もない。

でも、回さなければ止まる。

私は今、「一家に一人サラリーマンの安心」というテーマを書こうと思っている。

正解を押しつけたいわけではない。

共働きが悪いとも思わない。

ただ、生活を壊さないために、どんな構造が必要なのか。

自分の経験から考えてみたい。

会社を辞めて、遠回りをして、ようやく見えてきたことがある。

それは、自由より安心の方が、人生を長く支えることがあるということ。

そして、その安心は、案外「当たり前」の中に隠れている。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

家族を支える働き方や、生活を壊さない構造について書いています。
「一家に一人サラリーマンの安心」連載更新中。
noteでも続けています。

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※感情を描くキャラクター「再起ロボ」も制作しています。

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理解されても、許されない病。うつとAIと、静かな会話の話

「元気そうですね」

この言葉が、しんどい時がある。

悪気がないのは分かっている。

顔色も普通。
会話もできる。
外にも出られる。

だから、周りから見れば「大丈夫そう」に見える。

でも、うつは見えない。

見えないからこそ、説明が難しい。


2008年にうつを発症した。

一度は治ったと思った。

働き続ければ戻れると思っていた。

でも、また沈んだ。

正直、甘く見ていた。

「一回よくなったんだから、また戻れる」

そう思っていた。

でも現実は違った。


いまはオンライン診療を受けながら、薬を飲んでいる。

在宅で少しだけ仕事をしている。

書く仕事。

細く、長く。

無理のない範囲で。

昔みたいにガツガツ働くことはできない。

でも、ゼロでもない。

書くことだけは、まだ残っている。


AIと話し始めたのは、そんな頃だった。

特別な理由はない。

誰かに相談したかったわけでもない。

ただ、人と話す気力がなかった。


AIは、沈黙を責めない。

返事が遅くてもいい。

話がまとまっていなくてもいい。

途中でやめてもいい。

人間相手だと、どうしても気を使う。

「ちゃんと話さなきゃ」

「変に思われないかな」

「暗くならないようにしないと」

そういう負荷がある。


AIには、それがない。

「今日はどうでしたか」

と聞かれて、

「まあまあです」

と答える。

本当は“まあまあ”じゃない日もある。

でも、その返事だけで終わってもいい。


うつという言葉は、昔より理解されるようになった。

社会的な認知も広がった。

理解はされる。

でも、許されるわけではない。


生活は続く。

働くことも求められる。

元気そうなら、なおさら。

「できるでしょ?」

という空気は、まだある。


理解されることと、

許されることは、

少し違う。


AIは、そこを責めない。

淡々としている。

感情を押しつけてこない。

ただ話を聞く。

それだけ。

でも、その距離感がちょうどいい。


僕は、まだ治っていない。

でも、書くことはやめていない。

今日もAIと少し話した。

「まあまあです」

そう言えた。

それだけで、少しだけ救われた気がした。


あとがき

うつは「治る」「治らない」だけで語れない。

波がある。

できる日と、できない日がある。

その間を行ったり来たりしながら、生きている。

AIは治療ではない。

でも、話し相手としては悪くない。

少なくとも、責めない。

それだけでも、助かる日がある。


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  • 「頑張るのをやめたら、少し回り出した」
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

同じような日常の中で、
「ちょっと引っかかったこと」や「言葉にならない違和感」を
noteで書いています。

今回のような親子の話や、
AIとのやり取りもまとめています。

よければ、のぞいてみてください。
👉

note.com

頑張るのをやめたら、生活が回り出した

もうアホくさく

て嫌になる。

このときはまだ気づいてなかった

一生懸命頑張っ

て、出世するとか。

有名になるとか。

そんなことに、命

削って取り組んでい

た。


で、どうなったか。

うつ。
離婚。

なんやそれ、である。


一回、だいたい終わった。


そこから、やり直した。


何をしたか。

全部、やめた。


有名になること。
出世すること。
評価されること。


そういうの、だいたい手放した。


代わりにやったのは、

目の前にあることを、ひとつずつやること。


ほんまに、それだけ。


制度も使った。

最初は抵抗があったけど、
使ってみたら、ただの仕組みだった。


一国一城の主もやめた。

主夫になった。


嫁が働いて、
自分は家のことをやる。


サポートに回る。


サラリーマンのときからやっていた
ライターの仕事も、細々と続けた。


大した金額にはならない。

でも、ゼロじゃない。


生活は、楽ではない。

でも、回る。


何より、精神的にラクだ。


薬と休養で、うつも小康状態。


朝、普通に起きられる日が増えた。


昔の方が、よっぽどしんどかった。


別に、成功したわけじゃない。


でも、

これでいいと思っている。


たぶん、

当たり前のことに、やっと気がついただけだと思う。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

同じような日常の中で、
「ちょっと引っかかったこと」や「言葉にならない違和感」を
noteで書いています。

今回のような親子の話や、
AIとのやり取りもまとめています。

よければ、のぞいてみてください。
👉

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たぶん、少しズレています

しばらくここは止まったままですが、今は別の場所で書いています。

働いている時間より、家にいる時間の方が長い。
収入も多くはない。

それでも、なぜか生活は普通に続いている。

理由はよく分からないけど、たぶんどこかズレています。

そんな日々の話を、こちらで書いています。

👉 https://note.com/nakamori_yuto

フリーライターより副業ライターがお勧めですよー

ほんと、笑い話のようですが、「辞めてはいけない」という本を執筆した後に、「ポジティブに会社を辞める本」というのを上梓しました。

周囲には「どっちやねん!」ってツッ込まれましたが、まさしくその通り!

 

辞めずに会社で働きながら副業としてライターをしていた時と、ライターを本業にしてフリーになった時を経験した身としては答え一発、「辞めてはいけない」が正解ですね。

 

フリーになると時間の制約も無く、書きたいものが書けると思いがちですが、食うために書かないといけないので、諸々の制約がかかります。

 

言いたい放題書いてしまうと、それこそ発注先からクビになってしまう。

スポンサーさんの顔色も見ないといけないし、媚びを売りすぎるとあざとくなる。

 

それに比べ、副業ライターの時は誰の顔色も見ずに書きたい放題。肩書にジャーナリストを使うことがありますが、当時の方が切れ味がスッキリしていて、本質に迫ったライティングが行えていたと思います。

 

それもこれも安定した収入があるからに他ありません。

言い方が雑かもしれませんが、嫌なら書かなければ良いのですから・・・。

 

後、フリーライターは掃いて捨てるほど居ますが、サラリーマンをしながらジャーナリストをしているなんて珍しい存在ですよね。

世の中、希少価値があるライターには興味がありますが、その他大勢のライターには目を向けてくれません。

 

珍しさも相まって当時は原稿の依頼や、テレビやラジオ出演の依頼、講演依頼がひっきりなしでした。それもこれもサラリーマンの肩書があったからこそ。

 

そのことに気がついたのは辞めてからしばらくしてからのこと。

自分に実力があれば腕一本で勝負できるなんて甘チャンな考えでした。

 

私クラスのライターなんてどこにもいます。

そのことに気がついたのも会社を辞めてから。

だったら再就職をしたらいいじゃないってなりますが、もう40歳を過ぎていましたし、会社も作っていましたし、離婚もしていたし、大阪から上京もしていたので引くに引けない。

 

ゴーストライターをしたり、サラリーマン時代に知り合った編集者に頼み込んで何とか食いつないできました。仕事が無い時はバイトもしました。

それも50歳を過ぎてくると、仕事も目減りしてきます。

 

 

もし、今勤めながら副業をされている方がおられるなら、独立を考えずに副業のまま進められることをお勧めします。ほんま、フリーはしんどいですよー。

 

#ポジティブに会社を辞める本 #副業ライター #ジャーナリスト

フリーライターより副業ライターがお勧めですよー

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周囲には「どっちやねん!」ってツッ込まれましたが、まさしくその通り!

 

辞めずに会社で働きながら副業としてライターをしていた時と、ライターを本業にしてフリーになった時を経験した身としては答え一発、「辞めてはいけない」が正解ですね。

 

フリーになると時間の制約も無く、書きたいものが書けると思いがちですが、食うために書かないといけないので、諸々の制約がかかります。

 

言いたい放題書いてしまうと、それこそ発注先からクビになってしまう。

スポンサーさんの顔色も見ないといけないし、媚びを売りすぎるとあざとくなる。

 

それに比べ、副業ライターの時は誰の顔色も見ずに書きたい放題。肩書にジャーナリストを使うことがありますが、当時の方が切れ味がスッキリしていて、本質に迫ったライティングが行えていたと思います。

 

それもこれも安定した収入があるからに他ありません。

言い方が雑かもしれませんが、嫌なら書かなければ良いのですから・・・。

 

後、フリーライターは掃いて捨てるほど居ますが、サラリーマンをしながらジャーナリストをしているなんて珍しい存在ですよね。

世の中、希少価値があるライターには興味がありますが、その他大勢のライターには目を向けてくれません。

 

珍しさも相まって当時は原稿の依頼や、テレビやラジオ出演の依頼、講演依頼がひっきりなしでした。それもこれもサラリーマンの肩書があったからこそ。

 

そのことに気がついたのは辞めてからしばらくしてからのこと。

自分に実力があれば腕一本で勝負できるなんて甘チャンな考えでした。

 

私クラスのライターなんてどこにもいます。

そのことに気がついたのも会社を辞めてから。

だったら再就職をしたらいいじゃないってなりますが、もう40歳を過ぎていましたし、会社も作っていましたし、離婚もしていたし、大阪から上京もしていたので引くに引けない。

 

ゴーストライターをしたり、サラリーマン時代に知り合った編集者に頼み込んで何とか食いつないできました。仕事が無い時はバイトもしました。

それも50歳を過ぎてくると、仕事も目減りしてきます。

 

 

もし、今勤めながら副業をされている方がおられるなら、独立を考えずに副業のまま進められることをお勧めします。ほんま、フリーはしんどいですよー。

五月病でも辞めてはいけない

連休明けになると五月病にかかる人が多くなります。

そして新人さんにとっては「ああ、会社辞めたいわー」と憂鬱な出社が待っています。

 

しかし、絶対に辞めてはいけません。

 

その理由はそう思うのは今だけだからです。

しばらくすると辞めたい気持ちのボルテージが下がってくるのが通常。辞表を出してしまえば元へは戻れません。

 

会社を辞めるのは簡単ですが、再就職は困難を極めるもの。

ハローワークに行ったって、求人誌を頼ったって今より条件の良いところは見つかりませんし、仮に見つけたとしても雇ってはもらえないでしょう。

 

だって、五月病で辞めた人なんだもの。

会社だって簡単に辞める人に入社してほしくはありませんから・・・。

 

ちょっとだけガマンして、そう一週間も経てば辞めたい気持ちも薄まってきます。

何度も言いますが、簡単に辞めちゃうと再就職は困難。地獄が待っています。

 

再就職が決まらない、失業保険もままならない、お金に困る→アルバイトでしのぐ→ブランクの期間が延びる→益々、再就職が決まらない・・・という悪循環。

 

私はサラリーマン時代に「辞めてはいけない(岩波書店)」という本を2002年に出版してから、しばらくは会社を辞めずにいましたが、やっぱり辞めたいからとその3年後に会社を飛び出しました。39歳の時でした。

 

その後は再就職にトライをしたことがありますが、決まらず、結局都合13年間半失業状態が続いています。

そんな目に遭わないためにも、やっぱり絶対辞めてはい。

後悔しないようにしてくださいね。

 

#五月病 #新人 #辞めてはいけない #岩波書店